偉人・達人が残したもの

キャリア・デザイン、キャリア・カウンセリングという言葉にふれる機会が多くなりました。夢をもてなくなり、将来的な職業観や仕事に対するイメージが描けない子どもたちが増えているからでしょうか。人生の3分の1の時間を費やす仕事に向き合うことで、偉人・達人といわれる人々は、何を学び、どんなことを教訓として得たのか。子どもたちに職業のプロ、人生のプロがつかんだ生きることのすばらしさをメッセージとして贈るときに参考になります。 

<ご利用にあたって>
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対象学校だより・学級通信・進路通信

自分が選んだ道だからこそ、納得いくまで進んでいこう

手塚 治虫 さん(漫画家)

いまでこそ漫画は、ものごとを表現する方法の一つとして認められ、みなさんが使っている教科書の中にもたくさん載っていますが、ちょっと前までは悪しきものの代表のように思われていたのです。「漫画ばかり見ているとバカになる・・・・・・」とか「低俗文化の最たるものだ」などと言われたりもしていたのです。(中略)

この漫画が表現方法の一つとして認められるようになった陰には、手塚治虫(故人)さんの長年にわたる努力があったからこそなのです。手塚さんは小学校のころ、よくいじめられたそうです。友達は手塚さんのことを「テヅカヨワムシ」と呼んでからかったそうです。なぜかと言いますと、手塚さんは昆虫が大好き人間で、暇さえあれば昆虫を観察したりスケッチをしていたからです。スケッチをしているうちに絵も自然と上手になっていきます。そして、高校時代にはすでに雑誌に漫画を連載し、大学1年になると『新宝島』という漫画の単行本まで発行するまでになっていたのです。

そんな手塚さんが選んだ道は、大学の医学部に入り医師になることでした、大阪大学の医学部に入学した手塚さんは医学博士にまでなりました。しかし、好きな漫画は勉強の合間をぬって描き続けていたのです。そのころに生まれたのがみなさんも知っている『鉄腕アトム』です。

大学を卒業した手塚さんは医師になるか漫画家になるか悩みました。親しい友達に相談すると、友達は「おまえ何を考えてるんだ。そんなこと悩むまでもなく、はっきりしてるじゃないか。医者になれ。漫画はたかが遊びじゃないか」と。手塚さんは「いや、漫画は遊びじゃない。僕は遊びと言われないような新しい漫画の世界をつくるんだ」と、その時に決心したそうです。

手塚さんがその時に宣言したように、漫画家の道を選んだ手塚さんの描く漫画は、それまでのドタバタ活劇風からガラッと変わって、人間の心の奥底で繰り広げられている葛藤まで描き出すというシリアスな世界をつくり出したのです。手塚さんの描く漫画には「温かく人間をつつみ込むやさしさ」があります。これはヒューマニズムというものなのでしょう。(中略)

一日の睡眠時間3時間・・・・・・それくらい忙しい手塚さんでしたが、自分の作品に妥協したり、手を抜くということはただの一度もありませんでした。手塚さんがいつも言っていたことは、「自分で選んだ道だからこそ、大切にしたいのです。ですから、絶対に自分が納得できるものでなければ発表はしたくないのです」。(後略)

(『人生の達人45人の話』奥野真人著/学事出版より)


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