第6回 相手を説得する文章術

今回のポイント



書き手と読み手の視点は必ずしも同じではなく、場合によっては大きく異なることに留意してほしい。



自分の主張の弱点や誤りに気づくためには、「なぜ? どうして?」という問いを自らの文章に連発することだ。



この章の終わりにある「分かりやすい文章を書くためのチェック・リスト」で、学級通信などの文章をチェックしてみてほしい。

読み手の視点を想像する

視点が変われば、世界がまるで違ったように見えることを書き手は肝に銘じておかなければなりません。自分の見方を絶対視してしまうと、読み手にはまったく異なる印象をもたれる可能性に気づけないからです。

たとえば、「自然破壊」という言葉は、地球の自然環境を破壊する反社会的行為という言葉とほとんど同義に聞こえるでしょう。これは、環境問題を重視する立場の人々から見た言葉です。

一方、自然破壊と実質同じ活動を別な言葉で表現することがあります。それは、その活動を行う人々自身が使う言葉である「開発」です。「開発」という言葉の語感には、「自然破壊」という言葉とは逆に、経済貧困や生活の不便を解決する発展的で明るいイメージがあります。

「開発」という行為は必ず「自然破壊」である、などという議論の単純化をしているわけではありません。森林を切開き、便利な高速道路を作り、企業誘致をしやすい環境を作り出す行為を意味する二つの言葉である「自然破壊」と「開発」とでは、語感が180度逆であることに注目してほしいだけです。
世界は視点によって、これほど異なって見えることを伝えたいだけです。つまり、読み手の視点からの世界を想像することができなければ、読み手から見た自然な主張はできません。


秘密のトレーニング

前に触れたように書き手は、自分にとって当然と思われることを省略しがちです。ここが、書き手が見落とす説得力での弱点です。どうしたら、こうした弱点を自分で見つけられるのでしょうか?
そのために私は、秘密のトレーニングをするようになりました。「秘密のトレーニング」などと大げさに言いましたが、実は幼児の真似をして、「なぜ? どうして?」を連発するだけです。

幼児と違う点は、他人に言うのでなく、心の中で自問するだけです。ですから、秘密のトレーニングをしていることはだれにも気づかれません。

幼児と違う点が、もう一つあります。それは、「自分が疑問に感じること」に「どうして?」と自問するのではない点です。逆に、自分が疑問に感じることなく、「当然と思っていること」に「どうして?」と自問するのです。そして、その根拠を考える努力をするのです。
たとえば、「比喩があると分かりやすい」と言います。私も賛成です。
でも、普通は、そこで思考停止です。「なぜ、比喩があると分かりやすいんだろう?」とまでは考えません。しかし、あえて「なぜだろう?」と考え、その答えを探そうとするのです。ふだん、考えもしないことをあえて考えるのです。

具体的な方法として、新聞の朝刊の社説から、あなた自身も「疑わない点」を3点ほど見つけてください。そして、通勤・通学の電車の中などで、その3点に対し、「どうして?」遊びをするのです。これは、私が今でもときどき行っている方法です。
この方法は、一種の「揚げ足取り」トレーニングです。このトレーニングに慣れると、自分の文章の揚げ足を取られないような用心深さが養われ、説得力ある文章づくりに役立つでしょう。

自分の書いたものを「どうして?」トレーニングで自己点検すると、怪しい箇所、弱い箇所が発見しやすくなります。怪しい箇所とは、その根拠を論理的に説明しようとすると詰まってしまう箇所です。根拠をうまく説明できない箇所は、読み手を説得しづらい弱点なのです。

「どうして?」を自問自答することで、場合によっては、自分の主張の間違いに気づくこともあります。深く考えていなかったため、いざ説明しようとすると不可能なのです。そのような誤った主張の部分は、当然、表現ではなく、主張そのものを訂正しなければなりません。

読み手の視点に立って文章を書くということは、相当な想像力を働かせないとむずかしいこともあります。意識せず、ぼんやり書いていると、ついつい書き手である自分自身の視点で書き進んでしまうからです。他人が独りよがりな文章を書いたとき、それを笑うことは簡単です。しかし、自分自身が文章を書くときに同じようなミスをしていないか強く意識することも大切です。
そうすれば、単に、必要な根拠を書き忘れることを避けられるだけではありません。「開発」と「自然破壊」という二つの言葉の例で見たように、自分自身の世界観を読者に押し付けることに対しても慎重になることもできるでしょう。


【まとめ】 「分かりやすい文章」を書くためのチェック・リスト

*このチェック・リストは藤沢晃治著『「分かりやすい文章」の技術』(講談社)監修のチェック・リストを基に作成したものです。
  1. すばやく伝わる構成になっているか?
    □  伝えるべき重要ポイントに落ちはないか?
    □  適当な段落に分かれているか?
    □  文章の冒頭に主要段落が置かれているか?
    □  文章の目的と無関係で不要な段落はないか?
    □  最後の段落で文章の最終目標をまとめとして再度、提示できないか?

  2. 読む気にさせるレイアウトになっているか?
    □  文字べったりで読み手をうんざりさせていないか?
    □  改行や空白行で風通しをよくしているか?
    □  文章内の「かたまり」を見やすく提示しているか?
    □  親子関係・並列関係を見やすく提示しているか?
    □  適当な「かたまり」ごとに見出しをつけているか?
    □  文章に「斜め読み耐性を」を持たせたか?

  3. 説得できる文章か?
    □  文章全体としての主張、意見は何か?
    □  主張・意見を支える根拠は、いくつあり、どれとどれか?
    □  それを裏付けるデータや事実を提示したか?
    □  疑り深い読み手を想定したか?
    □  用語や説明の難易度に関し、読み手の視点に立っているか?
    □  読み手の感情に配慮しているか?
    □  自分の感情に任せて語調が激しくなっていないか?
    □  自分の感情に任せて大げさな表現をしていないか?
    □  適切な比喩を使えないか?

  4. 趣旨がスムーズに伝わるセンテンスになっているか?
    □  ワンセンテンスの平均文字数は40字以内か?
    □  「~であるが」などで、センテンスを意味なく、引っ張っていないか?
    □  長いセンテンスは二つの短いセンテンスに分割できないか?
    □  意味の区切りで読点を打っているか?
    □  長い修飾語どうしの境界に読点を打っているか?
    □  修飾語が逆順のとき読点を打っているか?
    □  誤解防止に読点を使っているか?
    □  何を指しているかが不明な代名詞はないか?
    □  難解な用語や特殊語、略語は冒頭で説明したか?
    □  否定文が思わぬ意味になっていないか?
    □  例を挙げられないか?
    □  便利なキーワードを使えないか?

  5. なめらかな文章になっているか?
    □  もっと削れる語はないか?
    □  語順は自然か?
    □  丁寧に表現しているか?