通信づくりネタ帳【今日は何の日?】 今月のこの日にちなんで

■9月

  • 4日

    ポーツマス条約調印の日
     日露戦争で日本とロシアとの間に結ばれた講和条約。1905年9月4日、アメリカ東部の港町ポーツマス近郊の海軍造船所にて調印された。日本海海戦などで優勢を保っていた日本だが、国力から考えるとこれ以上戦争を継続することは限界ととらえ、アメリカに対し中立の斡旋を求めた。国際社会の主役としての地位を固め、中国の門戸開放を望むアメリカ、国内の乱れなどで戦争終結を望むロシア、戦争継続が難しい日本、それぞれの思惑が一致したゆえに成立した講和条約であった。

  • 9日

    重陽の節句
     9月9日の重陽の節句は、桃の節句(3月3日)や端午の節句(5月5日)と並ぶ五節句のひとつ。起源は他の節句同様、古来の中国にさかのぼり、奇数は縁起のよい「陽」の数とされ、もっとも大きい陽の数である九が重なる日を重陽の節句とした。平安時代には宮中の行事となり、江戸時代には武家の祝日でもあった。明治時代までは庶民の間でもさまざまな行事が催されていたが、今では日常生活と縁遠いものとなっている。別名「菊の節句」ともよばれ、宮中では菊花酒を飲んだりする風習があった。

  • 10日

    下水道の日
     建設省(現・国土交通省)が1961年に「全国下水道促進デー」として制定したもの。2001年から「下水道の日」の呼び方が用いられている。立春から数えて220日目ごろに当たり、台風がよく来る時期とされ、下水道の役割のひとつが「雨水の排除」であることをアピールするために、この時期が選ばれた。

  • 12日

    宇宙の日
     1992年に、科学技術庁(現・文部科学省)と宇宙科学研究所が制定。この年は、世界中が協力して宇宙や地球環境について考えようという「国際宇宙年」だった。日本でも、これをきっかけに末永く宇宙の普及活動を行おうと考え、「宇宙の日」にふさわしい日が一般公募された。選ばれたこの日は、毛利衛宇宙飛行士がスペースシャトル・エンデバーで宇宙に飛び立った日。

  • 15日

    関ヶ原の戦いの日
     慶長5年(1600年)9月15日、美濃国関ヶ原(現岐阜県不破郡関ヶ原町)で行われた戦い。豊臣秀吉は晩年、五大老制と五奉行制を敷き、自らの亡き後の政務を有力大名らに託すことを考えていた。しかし、秀吉の側近として力を握っていた石田三成ら(文治派)と加藤清正ら(武断派)との対立が生まれ、そこに武断派と徳川家康が近づき、両派の溝はますます深刻化した。衝突の火ぶた、いわゆる「天下分け目の戦い」の火ぶたが切って落とされたのが、関ヶ原の戦いである。家康を総大将とする東軍と、毛利輝元を総大将とし三成を中心とする西軍の、二派に別れての戦いであった。小早川秀秋の裏切りにあい、三成の盟友であった大谷吉継が討たれ、ここに東軍の優勢は決まった。開戦から約6時間でこの戦いは決着した。家康の下に天下統一が果たされ、江戸時代へと入っていく。

  • 16日

    マッチの日
     1948年のこの日に、それまで配給制だったマッチの自由販売が認められた。そのことを記念して設けられた。日本のマッチは、フランスに留学していた清水誠が1875年、東京で製造したことが始まり。東京・亀戸天神の境内には「清水誠顕彰碑」が建てられている。

  • 19日

    へちま忌
     1902年9月19日没の正岡子規の忌日。明治時代を代表する文学者のひとり。松山に生まれ、旧制愛媛一中(現松山東高)から上京し、共立学校(現開成高)を経て、帝国大学に入学。東大予備門(後の一高、現東大教養学部)では、夏目漱石や南方熊楠らと同窓。1897年に俳句雑誌『ホトトギス』を創刊し、俳句の世界に大きな足跡を残した。無類の野球好きで、文学を通じて野球普及に貢献したということで2002年に野球殿堂入りを果たしている。「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」「おとゝひのへちまの水も取らざりき」などの名句がある。

  • 27日

    世界観光の日
     1980年に世界観光機関が制定した記念日。各国で観光推進のための活動が行われる。日本では、2006年には観光立国推進基本法が制定され、2008年には国土交通省の外局として観光庁が設立された。

(『講話が輝く話材の玉手箱』学校例話研究会編/学事出版より)


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