通信づくりネタ帳【今日は何の日?】 今月のこの日にちなんで

■11月

  • 1日

    灯台記念日
     1868年のこの日、わが国最初の洋式灯台が横須賀市観音崎で着工されたことを記念する日。1949年に「灯台の日」として制定された。この日は、通常有料で開放されている灯台も無料で参観できる。また、普段は未公開の灯台が特別公開される場合もある。

  • 2日

    白秋忌
     1885年、柳川藩御用達の海産物問屋を営む家に生まれた北原白秋の忌日(1942年没)。1909年、処女詩集『邪宗門』、その2年後に『思ひ出』を発表し、名実ともに詩壇の第一人者となる。誰もが口ずさんだことのある「雨ふり(雨雨ふれふれ)」「待ちぼうけ」「からたちの花」「ペチカ」など数多くの童謡の歌詞も白秋の手になるものである。

  • 3日

    文化の日
     1948年に国民の祝日と定められた。「自由と平和を愛し、文化をすすめる」のが制定の趣旨。これは、1946年の新憲法の公布を記念したもの(ちなみに新憲法の施行は翌年の5月3日で、こちらは憲法記念日とされている)。

  • 4日

    ユネスコ憲章記念日
     1946年11月4日、ユネスコ憲章が発行して、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が発足。日本の加盟は1951年7月2日。憲章の前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」と書かれている。

  • 5日

    津波防災の日
     2011年3月11日の東日本大震災を受けて、同年6月に制定された「津波対策の推進に関する法律」によって、津波防災の意識を高めるために創設された記念日。この日が選ばれたのは、嘉永7年(1854年)11月5に安政南海地震が起こり、南海道・東海道を大津波が襲ったことから。このとき、紀伊国広村では津波に気づいた浜口梧陵が稲わらに火をつけ、村中の人に知らせ避難させたという実話が残っている。後に小泉八雲が「稲むらの火」という物語を書いたことでも有名。

  • 8日

    レントゲンの日
     ドイツの物理学者、ヴィルヘルム・レントゲンの手によって、1895年11月8日、X線が発見された。彼はその功績によって、1901年に初のノーベル物理学賞を受賞している。陰極線の研究に着手していたレントゲンは、既知の光が遮断されているのに発光が起きることに気づいた。光のようなものは電磁波で、これは陰極線のように磁気を受けても曲がらないことから、彼は放射線の存在を確信し、未知の数をあらわす「X」の文字を使い、仮の名前としてX線と名づけた。以来、写真乾板に感光させることで、人体の骨格や内臓の検査に応用された。医療のほか、空港の手荷物検査などにも利用されている。

  • 11日

    電池の日
     乾電池には+と−がある。これを「十一」に見立てて、11月11日を「電池の日」と1987年に日本乾電池工業会(現・電池工業会)が制定した記念日。目的は「電池についての正しい知識と理解を広め、常に正しく使ってもらおう」というもの。

  • 15日

    七五三
     3歳、5歳、7歳の子どもの成長を祝う年中行事。3歳では男女、5歳は男児、7歳は女児が対象。古来、2〜3歳の間に行われる髪を伸ばし始める「髪置き(かみおき)」、3〜5歳で初めて袴を着ける「袴着(はかまぎ)」、5〜9歳の間に着物を留める紐を帯に替える「紐落とし(ひもおとし)」(「帯解き〈おびどき〉」とも)などの儀式が、各地各様に行われていた。江戸中期に呉服屋がこの3つをまとめて商売に生かしたことが、今日の七五三の元だともいわれている。元来は武家の習わしだったが商家にも広がり、明治以降は庶民にも普及した。

  • 16日

    幼稚園記念日
     1876年11月16日、日本で初めての官立幼稚園が開園したことを記念する日。場所は東京・神田に東京女子師範学校附属幼稚園(現・お茶の水女子大学附属幼稚園)が開園。入園したのは、当時の上流家庭の幼児50人ほどだった。幼稚園とは、3歳から小学校就学までの幼児を保育し、年齢にふさわしい環境を整え、心身の発達を助けるための教育施設。生みの親は19世紀前半に活躍したドイツの教育者、フリードリヒ・フレーベルと言われている。

  • 17日

    将棋の日
     徳川家康は無類の将棋好きとしても知られ、寛永年間(1630年頃)には将軍の御前で指す「御城将棋」が行われるようになった。八代将軍の吉宗が毎年11月17日を「御城将棋の日」としたことを記念して、1975年、日本将棋連盟が制定。

  • 19日

    一茶忌
     江戸時代末期の俳人・小林一茶の忌日。宝暦13年(1763年)5月5日、長野県の北部、柏原宿(現信濃町)の農家に生まれ、本名は弥太郎。3歳で実母を亡くし、15歳の春に江戸へ奉公に出された彼は、20歳を過ぎたころから俳句の道を目指すようになった。「やせ蛙 負けるな一茶 これにあり」「めでたさも 中くらいなり おらが春」など、その生涯に詠んだ句は2万にも及ぶ。文政10年(1827年)6月1日、柏原宿を大火が襲い、一茶は母屋を焼失。土蔵で暮らし、その年の11月19日、逝去。

  • 23日

    勤労感謝の日
     1948年の「祝日法」で制定された国民の祝日。「勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう」ことを趣旨としている。戦前は、新嘗祭(にいなめさい)とよばれ、宮中では天皇がその年の初穂を捧げる儀式が行われ、休日となっていた。戦後、GHQの占領政策で天皇行事・国事行事から切り離される形で改められたもの。

(『講話が輝く話材の玉手箱』学校例話研究会編/学事出版より)


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