ブックタイトル季刊理想 Vol.129

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概要

季刊理想 Vol.129

16 ◆ 季刊理想 2018 秋号 クパクとドングリ数個をのど袋につめこみ、飛び去ります。一回に運ぶドングリは、平均4・28個、最大で12個でした。重さにすると平均9・24グラム。体重の約7パーセントを一回に運んでいました。のど袋いっぱいつめた時には、さすがに重いらしく、餌台から近くの木に移り、枝移りをしながら梢まで登り、そこからグライダーのように貯食場所の方向に飛んでゆきます。  一羽が飛び去ると、近くで待っていた一羽が餌台に舞い降り、多い時には5羽のカケスが餌台に集まってきました。そんな時、餌台に降りられるのは順位の高い個体からです。餌台に集まった12羽のうち6羽は、つがいとなり園内に行動圏をもつ個体、2羽は園外に行動圏を持つつがい、残り4羽は独身の個体でした。餌台で優位なのは、園内に行動圏をもつつがいでした。遠くからやってくる個体には発振器をつけ、電波を頼りに追跡し、個体ごとの貯蔵場所を突き止めました。  ドングリを運んで来たカケスは、地上に降り立つとドングリを吐き戻し、草や枯れ葉の下に嘴で押し付けるように1個ずつ貯蔵していました。貯蔵後は、枯れ葉やコケなどをかけ、見えないように隠します。1個貯蔵すると、そこから1メートルほど離れた場所に次の1個を貯蔵し、ほぼ5メートルの範囲内に4?5個のドングリを貯蔵していました。  このカケスのドングリ貯食行動は、秋の時期に特有の行動でした。紅葉が終わる11月中旬にはほとんど運ばなくなり、集めた20キロほどのドングリはほとんどなくなりました。  1シーズンに貯蔵したドングリ量は、個体により異なりますが、園内に行動圏をもつ3つがいが多く貯蔵し、多い個体は数千個のドングリを貯蔵していました。カケスの驚くべき場所記憶能力  カケスがドングリを貯蔵した場所に印をつけ、いつドングリがなくなるのかを翌年にかけて追跡調査しました。その結果、多くは冬までになくなり、その一部はカケス自身による別の場所への移し変えによるものでした。驚いたのは、カケスの正確な場所記憶能力です。貯蔵場所を訪れたカケスは、躊躇することなく次々に自分の隠したドングリを取り出していたのです。隠し場所には一定の法則性がなく、いずれもちょっとした場所に巧みに隠していたのですが、カケスはその場所を一つ一つ正確に記憶していたのです。  しかし、積雪1メートルを超える菅平では、貯蔵したドングリを冬の間に取り出せず、多くをノネズミに食べられていました。雪が融けると、カケスは待ちかねたように落ち葉をひっくり返し、ドングリを探す行動が観察されました。秋に貯蔵したドングリのほんの一部が春先まで残っているにすぎませんが、彼らにとっては貴重な餌です。持ちつ持たれつの関係  カケスがドングリを貯蔵した場所には、しばしば前年のミズナラの芽生えがありました。ごく一部が忘れ去られ、翌年に芽生えたのです。カケスとドングリをつける木とは、一方は種子分散、他方は食物不足時の栄養供給とにより、互いに利益を得るよう長い歴史を通して進化してきたのでしょう。この両者の関係には、人間も深くかかわっていました。ドングリをつける木は、家屋の建築材料、薪や炭といった燃料、落ち葉や下草は田畑の肥料として活用してきました。人間は里山に手を入れることで、カケスにドングリを貯蔵しやすい開けた林床環境を提供してきました。人間、カケス、ドングリの木は、知らず知らずのうちに「持ちつ、持たれつ」の良好な関係をつくりだしていたのです。  しかし、戦後70年が過ぎた今では、里山の森は手入れがされなくなり、かつてのように多くの生き物が棲める豊かな森ではなくなりました。その結果、私の子供の頃に身近な遊び場であった里山は、今では子供たちの遊び場ではなくなりました。  カケスのドングリ貯食行動は、私の若い頃の懐かしい研究ですが、今考えるとこの研究には、私が子供の頃に自然の中で思い切り遊んだ体験が生かされているように思います。  写真① ドングリを地面に貯蔵しようとするカケス。 写真② カケスにより地面に貯蔵されたドングリ。 上には枯れ葉やコケがかけられ、ドングリにとって は最も発芽しやすい条件で貯蔵される。  写真③ かつて行われていた里山の森の手入れ。 下草や落ち葉が取り除かれ、カケスがドングリを貯 蔵しやすい開けた環境がつくりだされていた。