ブックタイトル季刊理想 Vol.124
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季刊理想 Vol.124
●かみや のぶゆき1983年弁護士登録。社団法人著作権情報センター主催「市民のための著作権セミナー」の講師担当。『知って活かそう!著作権』『編曲家の権利』など著書多数。学校と法律<第36回>弁護士 神谷 信行●かみや のぶゆき1983年弁護士登録。社団法人著作権情報センター主催「市民のための著作権セミナー」の講師担当。『知って活かそう!著作権』『編曲家の権利』など著書多数。季刊理想 2017 夏号 ◆ 15山本周五郎、スティーヴン・フォスターと著作権政治的、経済的な面で話題となるTPP(環太平洋連携協定)ですが、作家の著作権にも決定的な影響を与えます。てなく響きわたる声/「艱難辛苦よ、な到りそ」。 この「ハード・タイムス」を歌っている人を掲げると、ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ&エミルー・ハリス、ジェイムズ・テイラー、ブルース・スプリングスティーンなどがあり、ルーツ・ミュージックの流れは蕩々として現代に到っていることがわかります。注目される周五郎の著作権 山本周五郎は、この「ハード・タイムス」に歌われた「貧しき民と悲しみを共にする」作風を生涯貫いた作家でした。彼は、『青べか日記』(新潮文庫)を記していた浦安での独身時代、ストリンドベリ『青巻』の言葉、「苦しみ働け。常に苦しみつつ、常に希望を抱け。永久の定住を望むな。人生は巡礼である」を信条として、貧苦に耐えて生き抜きました。 その周五郎は、酒に溺れて最後38セントしか持たず、貧窮のうちに孤独死したフォスターに深く共感し、『青べか物語』の一章に「私のフォスター伝」を書こうとしましたが、時いまだ熟さず、その後40年の熟成の時を経て、時代を日本の江戸時代に移し、フォスターを端唄作者の中藤冲也に仮託して名作『虚空遍歴』を生み出したのです。 『虚空遍歴』の主人公中藤冲也は、禁忌としていた酒に溺れ、本格的浄瑠璃「冲也節」を完成させられずに死んでゆきますが、周五郎は作中、人生は「何を残したか」ではなく「何をしようとしたか」こそが肝要なのだという考えを示し、冲也を介してフォスターの人生を肯定したのです。 その山本周五郎の著作権が今年の年末、ついに消滅するかどうか、『虚空遍歴』を再読しつつ、静かに注視したいと思います。周五郎とフォスター 今年2017年は山本周五郎の没後50年に当たります。私が横浜市立本町小学校に在学中、6年生の2月14日、母校の所在地と同じ中区の本牧間門園を仕事場としていた山本周五郎は63歳で亡くなりました。この日は雪が降った記憶が今でも蘇ります。 前回原稿の末尾で述べたように、今年の年末までにTPPが発効しないと、山本周五郎の著作財産権は消滅します。アメリカ抜きのTPP合意が発効できるかどうか、年末まで新聞報道から目が離せません。 山本周五郎の誕生(1903年6月22日)の39年前、1864年にアメリカ歌曲の父と呼ばれるスティーヴン・フォスターが37歳の若さで亡くなりました。フォスターは、ミンストレル・ショー(白人が顔や手足をコルクの煤で黒く塗り、黒人の扮装をして歌い踊るコミカルなエンタテインメント)のために、「おおスザンナ」や「草競馬」など、後世に歌い継がれる歌曲を作詞・作曲し、譜面の印税で生計を立て始めたアメリカ初の職業作曲家でした。 フォスターがどのくらいの印税を得ていたかについて、藤野幸雄『夢見る人 作曲家フォスターの一生』によると、「ネッドじいさん」と「おおスザンナ」で100ドルの収入を得たとのことです。 フォスターの生きた時代は、まだ奴隷制が存在しており、奴隷の生活に心を添わせた「オールド・ブラック・ジョー」や「ハード・タイムス」はアメリカのルーツ・ミュージックとして、今日多くのアーティストに歌い継がれています。代表曲の一つ「ハード・タイムス」の一番には真の意味での「忖度」が歌われており、試みに文語訳すれば以下のとおりです。 「生の歓楽いま忘じ/流涕幾多と数えみん。/ 美味し夕餉のその間にも/貧しき民と同悲せん。/果