ブックタイトル季刊理想 Vol.122
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季刊理想 Vol.122
2 ◆ 季刊理想 2016 冬号パソコンの電子メールを用いて不登校の相談を行ったことがありました。20世紀の最後の数年間のことです。当時、携帯は普及したてで、SNSはありませんでした。インターネットを使えるパソコンは世間には半数しか出回っておらず、メールの主流はパソコンでした。その電子メール相談では、かなり深い心理相談ができました。深いとは、丁寧な対話の先に、自分自身を振り返り、自己理解が進むようになることです。メールだけで、劇的にこのプロセスが進む場合も少なくありませんでした。しかし、今や、メールのみで心理相談を行うのは、無理だろうと思います。人々はスマホや携帯の狭い画面に慣れすぎました。その画面に収納できる文字数は限られます。そのため、その画面の中では、文脈を拾う認識能力は低下します。親指入力の世界では、情報発信量は限られ、全ては極力省略されます。誤読や誤解が起きやすく、情報の提供が限界だろうと思います。今、多くの人が使うSNSでは、「状況言語」に「心情」やそれに代わる「絵文字」「顔文字」「スタンプ」で対話が進みます。これは、対面の代わりに親しさを継続させるための方式です。深い話はできません。ITを用いて深刻な相談をするのなら、スカイプでの対話がよいでしょう。テレビ電話も使えます。メールによる心理療法は、時代遅れです。ただ、今でも不思議なのは、1つのメールの返事に数時間を要しても、それに見合う効用があったことでした。電子メールでは、その場で臨機応変に対話をするのとは違います。書簡に近いので、相談をする者は、自分の課題を他者に分かるように書かねばなりません。これだけでも、内省の機会を得ます。相談を受ける者は、読み手の記述を確認し、その言葉に問いかけながら、その語りを前提としながら、複数の選択肢となるアドバイスを提案していきます。返事の作成に数日を要します。そのタイムラグが生じてから返信されます。それは、数日前に自分が相談を記した過去と出会うことです。そのことの確認と複数の提案が、他者からなされます。過去の自分の感情と思考と、そのことへの他者の感情と思考とが提示されるわけです。文字情報には、過去の自分の感情と思考を記録しますので、自ずと自分を客観視させます。それを何度も読み返すことで、一つの言葉が際立って記憶に刻まれていきます。これらのことが何にも増して効果的に働いたのでしょう。人が内省を深め、自身を理解するためには、自分を大切にしてもらえる誰かを意識して、文字にすること、そこに相手のことを想い、そこに誰かからの返事があること、そして、一定のタイムラグを設けてそれらを熟読することが、重要なのです。「手紙相談」や「交換日記」と、電子メール相談は同じような意味があったのかも知れません。便利になりましたが、内省を深める媒体が、今は選ばれなくなったように思います。電子メール相談と書くこと 東京学芸大学教授 小林 正幸 ●小林 正幸(こばやしまさゆき)1957 年生まれ。専門は教育臨床心理学。不登校、学校不適応、ソーシャルスキル教育を主に研究。日本カウンセリング学会認定カウンセラー会長、臨床心理士、学校心理士。東京都立教育研究所研究主事、東京学芸大学助教授を経て現職。主著『不登校の未然防止と再登校援助』(東洋館出版)、『保護者とつながる 教師のコミュニケーション術』(東洋館出版)、『教師のための学校カウンセリング』(有斐閣アルマ)など。