ブックタイトル季刊理想 Vol.121
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季刊理想 Vol.121
共に、現在まで30年以上にわたりこの鳥を調査し、保護に取り組んできました。 まず分かったことは、ブッポウソウは栄村では雪崩防止のため集落の裏山に残されたブナ林で繁殖していることでした。このことは、予想外の驚きでした。というのは、それまでブッポウソウの多くは、鎮守の森と呼ばれる神社仏閣の境内で繁殖していたからです。当時、この鳥が繁殖する神社やお寺の多くが、国や県、市町村の天然記念物に指定されていました。それに対し、栄村のブッポウソウは、ブナ林という比較的自然状態に近い環境に生息していたのです。 餌は、クワガタ、カミキリムシ、コガネムシなどの甲虫類が主で、他はヒグラシなどのセミ類、オニヤンマなどのトンボ類やトビケラなどの水生昆虫でした。ブッポウソウは、ブナ林に営巣し、水田などの耕作地や河川といった開けた環境に囲まれた林縁環境で、豊富な大型飛翔性昆虫を餌としていました。 調査が進むにつれ、栄村のブッポウソウは、営巣に適した樹洞の不足という問題を抱えていることがわかりました。この鳥は、キツツキのように自分で巣穴を掘れません。そのため、樹洞の確保は容易でないのです。試みに、巣箱をかけたところ、巣箱で繁殖しました。それ以来、この鳥を増やすため、栄中学校の生徒さんや地元の方と一緒に巣箱かけを25年間ほど続けています。 全国的にみると、ブッポウソウが営巣している場所は地域により異なり、また時代によって大きく変化してきました。縄文時代以前、日本が広く森で覆われていた時代には、森に棲み、自然の樹洞で繁殖していたのでしょう。それが、稲作がはじまった弥生時代以後、平地に開けた環境ができると、奥山の森から里山の森に移り住み、さらに鎮守の森へと移り住みました。そこには、大木があり、営巣に適した樹洞が得られたからです。しかし、そこも安住の地とはなりませんでした。境内は駐車場などに変わり、かつての神の聖域ではなくなり、周りも宅地化が進行するなど、餌となる大型飛翔性昆虫が得にくくなったことが原因と考えられます。現在、鎮守の森で繁殖するブッポウソウはみられなくなりました。鎮守の森にも住めなくなったブッポウソウが最後の逃げ場としたのが、電柱、橋、鉄橋といった人工構造物にある穴で、そこに営巣することで現在かろうじて生き延びているのです。ブッポウソウは甦るか ブッポウソウの減少をくいとめるため、各地で巣箱かけが行われているのですが、岡山県、広島県など一部の地域を除いて、思うようには増えていません。長野県では、長年の巣箱かけでようやく35つがいほどに増加しました。一時絶滅しかけた隣の新潟県では10つがい以上に増加しています。山梨県では5つがい、岐阜県で数つがいが繁殖しているのみです。本州中部から東日本では、これらの県以外には繁殖は見られなくなりました。 ブッポウソウは、日本の森の環境にあまりにも適応し過ぎた結果、人による環境破壊について行けず、森から追われ、現在かろうじて人為環境で、人の助けを借り生き延びている鳥なのです。私たちの回りから消えようとしているのはブッポウソウだけではありません。メダカなどの魚、トンボ、ホタルといった昆虫類、カエル類など、水田耕作とともに栄えてきた多くの生き物たちも同様です。 私たちの周りの環境は、なぜこれほど変わってしまったのでしょうか。その根本的な原因は、我々日本人の生き方や価値観が大きく変化したことにあります。戦後、豊かさと経済効率を求め、走り続けてきました。その結果、私の子供の頃とは比べものにならないほど豊かになりました。しかし、その豊かさと引き換えに失ったものは、計り知れないものがあるように思います。まずは、かつて身近であった豊かな自然と生き物が、次々に姿を消しました。地域のまとまりが崩れ、人間関係が希薄になったことによる社会の歪みは、特に子供たちに深刻な影響をもたらしていると感じています。 日本人は、どこかで大きな間違いをしてしまった気がしてなりません。敗戦を契機に、経済的に豊かになれば幸せになれると信じ、これまで突っ走ってきました。しかし、その間に失ったものを考えると、日本人は本当に豊かになり、幸せになったと言えるのでしょうか。 真の豊かさとは何なのか。その新たな答え探しは、日本の自然と文化の素晴らしさを、日本人自身が再発見することから始まると私は考えています。今、私たちに求められているのは、物質的な豊かさから、精神的な豊かさへ、目先の豊かさから、過去から将来を見据えた豊かさへの、価値観の転換ではないでしょうか。絶滅に瀕するブッポウソウが、我々に発しているメッセージには、とてつもなく重いものがあるように思います。14 ◆ 季刊理想 2016 秋号