ブックタイトル季刊理想 Vol.118

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概要

季刊理想 Vol.118

2 ◆ 季刊理想 2015 冬号子供にとっての学校は大人にとっての会社、勤め先とは比べ物にならないほど大きな世界ではないだろうか。人生体験から様々な逃げ口を知っている大人と違い、人生未経験で家庭と学校以外ほかに受け入れてもらう場所を知らない子どもたちにとって、友達や教師に係る事は一生を左右するほどの大きな問題だ。中学生の時、私は危うくある大きな問題に飲み込まれるところだった。地方の学校から東京の中学へ転校することになっていた私はクラスでお別れ会をしてもらい、いよいよ明日は上京するというその晩のことだ。家に叔父叔母まで集まっての親族会議が開かれた。一度は私を東京へ出すと決めていたのに大人たちの結論はまだ早い、やめた方が良い、であった。何の不安もなくすくすくと育ってきた子をわざわざ危険な都会へ送り出して人生をダメにしてしまったらどうする、長い人生なのだから土壇場になっても取りやめた方が良いものは良いし、学校が受け入れないはずはないのだからもう一度戻してもらいなさい、ということであったのだろう。学校を当の昔に卒業して学校の大きさを忘れてしまった大人だから出せた結論であって、いったん門を出た生徒にとって学校の門がいかに重く閉ざされてしまうか想像できなかったのだろう。またはちょっときついかと思ってもそれ以上にまだ親元で育てた方が良いという結論であったのだろう。母はすぐ担任の先生に電話しなさいという。ショックも冷めやらぬ私は行くところがなくなる恐怖から先生に電話を入れた。担任は上武先生といって体育系男性教師で私は卓球の実力をかわれて学校代表の選手候補としてクラブ活動でも連日先生の下で練習している身であった。先生は私の話を聞いてしばし沈黙後「よし、わかった」とおっしゃった。そして「明日、学校が始まったころに登校し教室の前で指示があるまで待っていろ」と私に命じた。始業後に学校の門をくぐるのは勇気のいることで校庭から教室までの距離を感じるものだが、それが前日、涙や羨望が混じった拍手で「行ってらっしゃい、元気で、頑張って」と送り出された身には更に遠く耐えがたいものだった。教室の前で茫然自失で待っていると、戸が開き「みんな、見城が帰ってきたぞ」という先生の大きな声が響き「お帰りなさ~い」という声と拍手が起きた。想像していなかったクラスの柔らかさに「ただいま~」と言ってぺコンとお辞儀をし席に着いてしまった私。先生の了見が狭く、都会に憧れた子という扱いを受けたなら今の私はなかったと思う。先生はチャレンジと言う言葉が好きで、私は卓球選手として県大会へ出るなどその後も上武先生の指導下で頑張り、高校受験では地元の子は地元へと県立女子高校を受験するよう諭され指示に従った。そして機を得て東京の大学へ。アナウンサーになろうと強い意志を固めることが出来たのも地元で将来の夢を温め育むことが出来たからと今も感謝している。その時を待てという上武先生の教えは私に志を抱くための信念の種を蒔いて下さったと今も感謝している。学校というもう一つの世界での教師の教え 青森大学副学長・教授 見城 美枝子●見城美枝子(けんじょうみえこ)早稲田大学大学院理工学研究科博士課程単位取得。東京放送入社後、フリーに。海外取材を含め56 ヶ国訪問。著作、対談、講演、テレビ等でエッセイスト、ジャーナリストとしても活躍。TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」水曜日担当。新刊『ニッポンの食と農 この10 年』発売中。その他著書『会話が苦手なあなたへ』『会話が上手になりたいあなたへ』等。現在、青森大学副学長・教授、新島学園短期大学客員教授、サイバー大学教授、NPO 法人ふるさと回帰支援センター理事長など。