ブックタイトル季刊理想 Vol.129

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概要

季刊理想 Vol.129

●かみや のぶゆき1983 年弁護士登録。 社団法人著作権情報センター主催 「市民のための著作権セミナー」の講師担当。『知って活かそう!著作権』『編曲家の権利』など著書多数。学校と法律<第 41 回>弁護士 神谷 信行●かみや のぶゆき1983 年弁護士登録。 社団法人著作権情報センター主催「市民のための著作権セミナー」の講師担当。『知って活かそう!著作権』『編曲家の権利』など著書多数。映画『赤ひげ』と著作権前回に続き山本周五郎『赤ひげ診療譚』、黒澤明『赤ひげ』と著作権について考えてみます。映画には原作を大幅に改変しているところが二か所あります。 ちなみに、ドストエフスキーの『虐げられた人びと』はディケンズの『骨董屋』の主人公ネリをモデルにしており、三つの作品が時を超えて重層的に響きあっています。 もう一つ、映画『赤ひげ』が原作を改変している点があります。それは原作「鶯ばか」の章で貧乏ゆえ一家心中して亡くなった少年長次を、映画では赤ひげの解毒治療と、賄いの一員となったおとよや先輩のおばさんたちが井戸に向かって「長坊!」と呼びつづける蘇生の祈りにより生還させる点です。 これは著作権の「翻案許諾」にかかわる問題です。山本周五郎は単行本として出された自著の巻末に「映画化謝絶」の一条を記載していました。この基本的立場をみると、黒澤明の改変は山本周五郎に一喝されてしかるべきもののようにも思われます。貧しいものが生き返る、という改変 しかし、山本周五郎は一喝しませんでした。映画完成後、試写室に山本周五郎を一人招き、全編を見てもらった時、終幕後、山本周五郎は怒るどころか、「これは原作よりも面白い!宣伝のちらしに、そう書きなさい」と言ったとのことです。 周五郎が原作の中で助けなかったおとよと長次を、黒澤明は助ける筋に改変しましたが、長次が生き返ることによっておとよの心の傷も癒え、二人は同時に蘇生したということができます。貧しき者たちの尊厳を描ききった重厚なヒューマニズムに、庶民派作家としての山本周五郎は感動し、改変を快く許したのでしょう。 改変すら一つのオマージュになる適例をこのエピソードは示しています。おとよの描き方 その一つは原作「徒労に賭ける」の章のおとよという少女です。岡場所の手伝いとして働いているおとよは瘡毒(梅毒)にかかっており、赤ひげが診療所に連れ帰ろうとしますが、おとよはこれを拒絶し、その後、彼女は娼家を逃げ出し行方不明となります。 これに対し映画のおとよは瘡毒ではなく、高熱を発しているのに働かされている被虐待児であり、赤ひげは無理矢理彼女を診療所に連れ帰ります。そして見習医の保本登に、「この子は体も病んでいるが心も病んでいる」と言い、保本に治療させます。 しかし保本の治療は簡単には進みません。水薬を飲まそうとすると、おとよはこれをはね付けます。赤ひげも初め同じ目にあいますが、怒りもせず、あやすように水薬を与えるとおとよはこれを飲み、熱は下がります。しかし、保本が粥を食べさせようとすると、おとよは茶碗をはね付け、茶碗はこわれてしまいます。翌朝おとよは診療所を抜け出して橋の上で乞食をし、恵んでもらったお金で茶碗を買って弁償しようとします。保本がこれを見つけ、「おとよ!」と呼びかけると、おとよは驚いて茶碗を落とし、茶碗は割れてしまいます。ここで保本はおとよを抱きしめて胸中を率直に語り、治療が進み始めます。映画化謝絶とした周五郎 この治療経過は、ドストエフスキーの『虐げられた人びと』の主人公、心臓疾患を病んで早逝してしまう少女ネリと彼女をめぐる人たちのやりとりをほぼそのまま黒澤明が転用して作られたものです。おとよと保本登の台詞の原型を『虐げられた人びと』の随所に見いだすことができます。14 ◆ 季刊理想 2018 秋号