ブックタイトル季刊理想 Vol.126

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概要

季刊理想 Vol.126

宿主乗り換え仮説新しい宿主となったオナガが短期間に対抗手段を確立したこと、さらに100年前カッコウに托卵されていたホオジロが、現在は托卵されなくなったこととも合わせて考えると、カッコウは托卵する鳥の種類や托卵をする地域を絶えず変えているのではないか?この考えを「宿主乗り換え仮設」と名付け、論文に発表しました。オナガで実際に観察されたように、最初うまくいっていた托卵も、宿主が対抗手段を確立し、やがてうまくゆかなくなる。その過程で新しい宿主に托卵する個体がいて、それがうまくゆくとまた新しい宿主への托卵が開始するという考えです(図1)。さまざまな仮説托卵鳥の研究者にとっての最大の関心事は、なぜ托卵鳥は長期間にわたり托卵を継続し、巧妙な托卵行動を進化させることができたのかです。「宿主乗り換え仮説」は、それを説明するもので、他にも「時間のずれ仮説」、「軍拡競争仮説」、「進化的平衡仮説」と様々な説があります。「時間のずれ仮説」は、北アメリカの托卵鳥カウバードの研究からのものです。この鳥は、ヨーロッパからの移民開始以後、開けた環境の増加とともに全米に広がりました。この鳥に托卵される鳥の卵識別能力を調べると、ほとんど識別能力のない鳥か、逆に高い識別能力を持つ鳥かに分かれ、その中間はほとんどいなかったのです。そのことから、宿主が対抗手段を確立するには時間がかかるので、すべての宿主が高い卵識別能力を獲得するまでは、カウバードは托卵を続けることができ、その間に巧妙な托卵行動を進化させうるという考えです(図2)。「軍拡競争仮説」は、托卵鳥は托卵を成功させない限り子孫を残せないが、宿主はいつも托卵されるわけではないので、進化のかけっこで自然選択は托卵鳥の方により強く働き、宿主は托卵鳥に追いつくことはないという考えです。「進化的平衡仮説」は、イスラエルのテルアビブ大学との千曲川での共同研究からの仮説です。宿主が対抗手段を確立し、托卵される頻度が低くなった段階では、それまで有利であった卵識別能力といった対抗手段がしだいに有利でなくなってきます。誤って自分の卵を排斥してしまうといったマイナス要因が相対的に大きくなり、対抗手段のプラスとマイナスが等しくなった段階では、宿主にそれ以上対抗手段が進化しなくなり、以後托卵鳥は長期間にわたり托卵を続けることができるという考えです(図3)。これらの説が正しいかどうかは、今も論争が続いており、いまだ決着がついていません。カッコウは、ずるくない!私は、カッコウのずる賢さに魅せられて研究を始めました。しかし、研究が進むにつれカッコウはずるくないと思うようになりました。最初うまくいっても、宿主の反撃に会い、うまくゆかなくなります。こんなことなら、自分で子供を育てた方が確実と思えることがしばしばありました。しかし、いったん托卵という悪の道に入ったカッコウは、その道を極めざるを得なかったのです。カッコウの巧妙な托卵習性は、長い時間をかけた進化が生み出したものです。その意味で、托卵は自分で子供を育てるのと同等なのです。カッコウは、托卵に特化する過程で、親子関係、つがい関係、仲間関係といった無駄なものをすべて捨て去り、一生単独で生きる孤独な鳥です。その反面、カッコウほど悩むことのない生き物はいません。生まれてから死ぬまで、どうしたらよいかはすべて遺伝子レベルで確立されているからです。そのカッコウとは正反対の生き方をするのが人間なのです。人間は、生まれた時から自分ひとりでは何もできません。一生悩みながら生きるのが人間の宿命なのです。謙虚になりさえすれば、人間が鳥から学ぶことはまだまだ沢山あります。図1宿主乗り換え仮説図2進化的時間のずれ仮説図3進化的平衡仮説12◆季刊理想2017冬号