ブックタイトル季刊理想 Vol.126

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概要

季刊理想 Vol.126

学校と法律<第38回>弁護士神谷信行日本の音楽裁判の現状について先日ある音楽大学から、作曲家を志す学生たちに「音楽裁判の体験から、こういう点に気をつけるべき」という話をしてほしいという依頼があり、音楽裁判の現状について授業して来ました。今回はその要点を記し、ご参考に供したいと思います。盗作についてのアメリカの判例●かみやのぶゆき1983年弁護士登録。社団法人著作権情報センター主催「市民のための著作権セミナー」の講師担当。『知って活かそう!著作権』『編曲家の権利』など著書多数。●かみやのぶゆき1983年弁護士登録。社団法人著作権情報センター主催「市民のための著作権セミナー」の講師担当。『知って活かそう!著作権』『編曲家の権利』など著書多数。いわゆる「盗作」とは複製権侵害のことですが、その要件として、1類似性、2依拠性があります。「類似性」とは、後発曲が先行曲に似ているということ、「依拠性」とは後発曲が先行曲に基づいて作られたということです。類似性については、メロディー、ハーモニー、リズム、形式の四つの観点から比較しますが、コード進行が類似しているだけでは「類似性」ありとすることはできません。ここでアメリカの判例をみると、類似性判断に関し次の重要なルールがあります。1先行曲と後発曲の「特徴的部分」と「常套的部分」を峻別し、「特徴的部分」の類似性を吟味して類似性を判断すること。2先行曲より前に公表された楽曲に、先行曲の「特徴的部分」と同一もしくは酷似する旋律が存在する場合、先行曲の独自性は否定されること。アメリカ判例で有名なのは、ジョージ・ハリソンの「マイ・スィート・ロード」が、先行曲であるシフォンズの「ヒーズ・ソー・ファイン」の複製権侵害と認められたケースです。ジョージ・ハリスンは、尋問において「ヒーズ・ソー・ファイン」を聴いたことがあることを認めたため、類似性だけでなく依拠性も認定されました。日本では音の「量的比較」を重視これに対して日本の判例は、類似性と依拠性を要件としている点アメリカと共通ですが、楽曲の比較に際し、アメリカ判例法の前記1と2の比較方法をとらないことと、旋律に含まれる同じ音の量的比較を重視している点においてアメリカと大きく異なっています。特に日本の判例は、楽曲の特徴的部分と「常套的部分」の峻別をせず、同じ音の「量的比較」を重視しているため、楽曲において本質的な「旋律の流れ」が無視される傾向があります。さらに、わが国の民事裁判に陪審制はなく、類似性の判断は職業裁判官の個人的判断にゆだねられ、健全な市民感覚が反映されないことがあります。音楽的資質をもたぬ裁判官の主観的判断により、「常套的部分」が似ていることによって、楽曲全体が「似ている」という印象判断が下されてしまうことすらありえます。素人判断防止のため「鑑定人」に類似性等について意見を求める制度がありますが、鑑定が繰り返されることによって訴訟が長期化してしまうため、全く鑑定を行わないケースもあります。アメリカの判例に学ぶことが多いまた、楽理的知識と経験則を補うため、「専門委員」に情報提供を求める制度もあります。専門委員は知識と経験則を述べることに職分が限定されており、意見を述べることは権限外の行為ですが、専門委員が「創作性の有無」についての意見を述べてしまい、裁判官の事実認定に重大な影響を与えることもあります。わが国の音楽裁判の数は、アメリカに比較して非常に少なく、音楽裁判についての訴訟上の経験則がほとんど蓄積されていません。毎日沢山の楽曲が公表されている現実をみると、後発曲にオリジナリティをもたせるのは大変な苦労であると思います。この点、「特徴的部分」と「常套的部分」を峻別し、常套的部分が似ているだけで「パクリ」と決めつけないアメリカの判例に学ぶこと、大なるものがあると思います。季刊理想2017冬号◆9