ブックタイトル季刊理想 Vol.124

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概要

季刊理想 Vol.124

発信機をつけたカッコウを手持ちのアンテナで電波を受信し、追跡調査中の筆者(1981年)もち」のねばねばが伸びてカッコウが垂れ下がり、逃げてしまうのです。その後の数々の試みの末、最後にたどりついたのが、滑車とロープを使い、かすみ網全体を林の樹冠部まで引き上げる方法でした。 カッコウがかかったら、滑車とロープを使ってかすみ網を降ろし、捕獲します。捕獲したカッコウの左右の翼には、1羽ごとに色の組み合わせが異なるリボンをつけて放鳥し、野外で個体識別できるようにしました。また、一部の個体には、電波を出す発信機を装着して放鳥しました。電波を頼りに行動を追跡調査するためです。 この方法で、千曲川の調査地に生息するほとんどのカッコウを捕獲し、標識することができたのです。捕獲した数は、1年間に30羽ほど、16年間で計467羽という、それまでのカッコウ研究では驚異的な数となりました。カッコウはつがい関係を持っているのか? それまでは、カッコウはつがい関係を持っているかといった基本的なことさえ不明でした。カッコウは、つがい関係を持つという論文と持たない乱婚であるという論文が多数発表されていたのです。また、つがい関係を持つとした論文でも、そのつがい関係は一夫一妻、一夫多妻、一妻多夫など様々な見解があったのです。多くの論文は、個体識別に基づかない行動観察からの推論だったからです。 多数の個体を識別した千曲川での調査の結論は、カッコウはつがい関係を持たず、雌雄ともに複数の個体と性関係をもつ乱婚でした。カッコウの性関係については、多くの研究者が注目し調査に取り組んだのには、別の理由もありました。鳥類は、ほぼ9割の種類が一夫一妻で、他の動物分類群に比べ極めて多いのです。その理由は、鳥の子育ては大変手がかかるので、雌雄が協力せざるを得ないためとされてきました。では、その大変な子育てをしないカッコウではどうかが注目されていたのです。結論は乱婚ということから、従来の説は補強されました。子育てを放棄したカッコウは、面倒なつがい関係を維持する必要がなくなったのでしょう。カッコウには、托卵系統があるのか? カッコウの雌は、雄のようにさえずることをしなく、絶えずこっそり行動しています。雌の托卵行動の詳細は、発信機をつけた追跡調査から解明しました。その結果、雌ごとに托卵する種類の鳥が決まっていたのです。オオヨシキリに托卵する雌は、近くにオナガの巣があっても全く関心を示しません。逆にオナガに托卵する雌は、オナガの巣にしか托卵せず、オオヨシキリには関心を示しませんでした。雌には托卵系統が存在することが、世界で初めて確認されたのです。 では、雄にも托卵系統が存在するのだろうか?しかし、この問題を野外観察から明らかにすることは不可能です。ですが、一つだけ方法がありました。調査地内に生息するカッコウの親と雛から血液を採集し、遺伝子解析から親子関係を明らかにする方法です。そのため、調査地内の一羽一羽のカッコウの親と雛から多数の血液を採集しました。3年間かけ、カッコウの雄83羽、雌79羽、雛136羽から血液を採集しました。世界の研究者にとって、これも驚異的な数です。 遺伝子解析の結果、雌には托卵系統があることが遺伝子解析からも実証されました。しかし、雄には托卵系統は存在しなかったのです。雄は、特定の托卵系統の雌と子供を残しているのではなく、複数の系統の雌と子供を残していたのです。カッコウ卵には、雌の遺伝子のみが関係 カッコウは乱婚で、しかも雌には托卵系統があるが雄にはないことがわかり、大きな壁に直面しました。雄と雌が同じ系統の個体どうしと子供を残したら、卵擬態は進化できます。しかし、雄が雌の系統に関係なく性関係を持ったら、卵擬態の進化は雄の存在により妨げられてしまうからです。 考えついたことは、鳥の性染色体は雄がZZ、雌がZW(人は男性がXY、女性がXX)であることです。カッコウ卵の遺伝子が、雌のみが持つW染色体に存在すれば、カッコウが乱婚であっても、卵擬態の進化は可能なはずです。この点についての遺伝子解析の結果、この予想が正しいことがわかったのです。同時に、雄の遺伝子の方は、カッコウが托卵系統ごとに種分化することを阻止していたことも分かりました。 こうしてついに、100年の謎が解明できたのです。一連の遺伝子解析の結果は、アメリカの科学雑誌Science とイギリスの科学雑誌natureに相次いで掲載されました。私が50歳を過ぎてからのことです。 今になって考えると、私が世界最先端の研究ができたのは、多数のカッコウを捕獲できたからです。さらに突き詰めれば、子供の頃に川や山で思い切り遊びまわった豊富な原体験が、外国の研究者より多くあったからに尽きることに気付きました。14 ◆ 季刊理想 2017 夏号